最高裁判所第二小法廷 平成11年(許)19号 決定
主文
原決定中主文第一項を破棄する。
前項の部分につき、相手方の申立てを却下する。
理由
抗告代理人米田実、同辻武司、同松川雅典、同四宮章夫、同田中等、同田積司、同米田秀美、同阪口彰洋、同上甲悌二、同藤川義人、同松井敦子、同浦中裕孝、同軸丸欣哉、同名倉啓太の抗告理由について
一 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
1 本件の本案訴訟(大阪高等裁判所平成九年(ネ)第二二八八号、第二三四四号損害賠償請求事件)は、相手方が、抗告人の伊丹支店副支店長らに勧誘されて抗告人から四億三〇〇〇万円の融資を受け、相続税対策のために保険会社との間で変額保険契約を締結したが、右副支店長らに変額保険の危険性を説明しなかった説明義務違反等の違法な行為があったために、多額の損害を被ったとして、抗告人に対し、損害賠償を求めるものである。
2 本件は、相手方が、右貸付金の使途や返済の見込みに関する抗告人の認識等を証明するためであるとして、抗告人が所持する原決定別紙一の一記載の融資禀議書、禀議書付箋及び審査記録表(以下、これらを一括して「本件文書」という。)につき、文書提出命令の申立てをした事件であり、相手方は、本件文書は、民訴法二二〇条三号後段の文書に該当し、また、同条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらない同号の文書に該当すると主張した。
二 本件申立てにつき、原審は、本件文書のうち融資稟議書とこれと一体を成す禀議書付箋(以下、これらを一括して「本件禀議書」という。)は、民訴法二二〇条三号後段の文書に該当し、そうでないとしても、同条四号ハの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないから同号の文書に該当するとして、抗告人に対し、本件禀議書の提出を命じ、本件文書のうちの審査記録表については申立てを却下した。
三 しかしながら、本件禀議書について提出義務を認めた原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
記録によれば、本件禀議書は、抗告人が相手方に対する融資を決定する過程で作成した貸出禀議書であることが認められるところ、銀行の貸出禀議書は、特段の事情がない限り、民訴法二二〇条四号ハ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解すべきである(最高裁平成一一年(許)第二号同年一一月一二日第二小法廷決定参照)。そして、本件において特段の事情の存在はうかがわれないから、本件禀議書は、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきであり、本件文書につき、抗告人に対し民訴法二二〇条四号に基づく提出義務を認めることはできない。また、本件稟議書が、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解される以上、民訴法二二〇条三号後段の文書に該当しないことはいうまでもないところである。
そうすると、本件禀議書について申立てを認容した原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が裁判の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原決定のうち主文第一項は破棄を免れない。そして、前記説示によれば、同項に関する相手方の申立ては理由がないので、これを却下することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 梶谷玄 裁判官 河合伸一 福田博 北川弘治 亀山継夫)
抗告代理人米田実、同辻武司、同松川雅典、同四宮章夫、同田中等、同田積司、同米田秀実、同阪口彰洋、同上甲悌二、同藤川義人、同松井敦子、同浦中裕孝、同軸丸欣哉、同名倉啓太の抗告理由
第一 禀議書が民事訴訟法二二〇条三号及び四号の文書に該当しないこと
一 民事訴訟法二二〇条三号の非該当性
1 民事訴訟法二二〇条一号ないし三号については、その文言及び立法過程から分かるとおり、旧民事訴訟法三一二条一号ないし三号を現代語化しただけで、その内容は一切変更されていない。
2 しかるに、旧法下においては、銀行の貸出にかかる禀議書が旧民事訴訟法三一二条三号のいわゆる法律関係文書には該当しないというのが通説・判例の採る立場であった(仙台高決昭和三一年一一月二九日下民集七巻一一号三四六〇頁、東京高決昭和六一年五月二八日金融法務事情一一五九号三二頁、東京高決平成九年八月二二日金融法務事情一五〇六号六八頁)。
3 そもそも、旧民事訴訟法三一二条三号のいわゆる法律関係文書は、ドイツ民事訴訟法の「共通文書」の概念を採り入れたものであり、いかにその範囲を拡大解釈しようとも、禀議書のように、所持者の内部でのみ使用する文書については挙証者から所持者に対して文書の閲覧を認めるべき根拠に欠けるから、いわゆる法律関係文書に該当しないことは明らかである。
4 これに対し、本決定は、禀議書は組織内の意思決定のための事務手続及びそれに基づく判断の適正を担保する目的で、各段階の担当者がそれぞれの責任の所在を明らかにするため決裁印を押していくものであり、その稟議が終わった段階においては、当該稟議書は、融資という法律関係の形成についての最終的な意思決定に直結する文書となるものであるから、挙証者と所持者の間の法律関係について組織内においていわば公式に作成された文書であって、いわゆる法律関係文書に該当すると判断している。
しかしながら、稟議書は、所持者の組織内においてのみ、その判断の適正を担保するものであって、外部に位置する挙証者とは、全く無関係である。また、融資という法律関係の形成について最終的な意思決定に直結するとしても、あくまで内部文書として、外部に開示することを想定していないのであるから、「公式に作成された」との比喩は、正当ではない。
そもそも、本決定自身、「禀議書が、契約書などと異なって、本来的には作成者の組織内部における利用のみを目的とし、外部の第三者に提示することを予定していない文書である」ことを認めており、右事実から、端的に、禀議書は、法律関係文書には該当しないと判断すべきであったのである。
二 民事訴訟法二二〇条四号の非該当性
1 民事訴訟法二二〇条四号ハは、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」を文書提出命令の対象から除外しているが、この立法趣旨は、裁判所から提出を命じられるという事態を想定して文書を作成しなければならなくなることによって、文書の作成者の自由な活動を妨げる危険があることを考慮して、専ら所持者の利用に供するための文書については文書提出命令の対象とならないものとするところにある。
2 従って、民事訴訟法二二〇条四号ハの解釈にあたっては、文書の作成・保管に関する萎縮的効果が生じないか、意思形成過程の自由が侵害されるおそれがないか、を考慮しなければならないところ、本件禀議書は、外部に開示されることが全く想定されておらず、銀行内部でのみ利用されることを想定して作成されたものであることが明らかである。万一、かかる文書についてまで文書提出命令の対象となるとすれば、組織内部において、外部に遠慮することなく自由な意見を記載して意思形成するという手続が適正に行えなくなり、申立人及びその構成員の意思形成過程の自由が侵害されることは明白である。
3 これに対して、本決定は、禀議書は控訴人の意思決定に直接的に関わりをもつ重要かつ基本的な文書であるから、その意思決定が適正な手続を経て妥当に行われたことを説明するために、法律関係の相手方から求められればこれを提示すべきであると判示する。
しかしながら、本決定の右判断には、決定的な誤りが存する。すなわち、稟議書の作成目的は、その意思決定が適正な手続を経て妥当に行われたことを担保するところにあるが、それはあくまで組織内部における関係についてのみであって、対外的に、意思決定過程を説明することなどありえないのである。
本決定の右判断を押し進めれば、融資を行った場合には、銀行は、融資を決定するに至る意思形成過程を相手方に説明しなければならないこととなるが、これが常識に反するとともに、内心の自由を侵害することは明らかであろう。
4 よって、稟議書は、外部に開示することを全く想定しておらず、民事訴訟法二二〇条四号ハの文書に該当すると解される。
第二 抗告裁判所である高等裁判所の判例と相反する判断がある場合その他の法令の解釈に関する重要な事項
一 民事訴訟法二二〇条三号及び四号の解釈に関する誤り
本件決定は、民事訴訟法二二〇条三号及び四号に基づき、申立人の所持する稟議書につき、提出を命じるものであるが、前述のとおり、稟議書は、文書提出命令によって提出を命じられるべき文書ではない。
二 高等裁判所の判例と相反する判断
しかるに、前述のとおり、禀議書が民事訴訟法二二〇条三号のいわゆる法律関係文書に該当しないことは、旧民事訴訟法三一二条三号の解釈に関する確定判例であり、本決定がこれに抵触するものであることは明らかである。
三 法令の解釈に関する重要な事項
また、禀議書が民事訴訟法二二〇条四号の文書に該当するか否かは、同条同号の解釈に関する極めて重要な事項である。
なお、禀議書が民事訴訟法二二〇条四号の文書に該当するとの東京高決平成一〇年一一月二四日(金融法務事情一五三八号七二頁)に対して、抗告許可が認められ、現在最高裁に係属中である。
四 結論
従って、本決定については、抗告裁判所である高等裁判所の判例と相反する判断があるとともに、法令の解釈に関する重要な事項が含まれることは明らかである。
また、本決定が確定してしまえば、前項で指摘した禀議書に関する許可抗告事件において、文書提出命令の対象とならない旨の最高裁の判断が下った場合でも、申立人は救済されないこととなってしまう。
よって、本件抗告は許可されるべきである。